なぜヴィゴレーは凶行に及んだか
結婚を翌日に控えて、ヴィゴレーはひとりで海を見ていたリナーシェに近づき、話しかけます。そしてようやく、リナーシェもヴィゴレーに少し心を許し始めたようにも見える、まさにそのとき。
あろうことか、リナーシェを殺害してしまうのです。
なぜ殺害するに至ったか。一応はヴィゴレー自身の言葉で語ってはいます。
これは確かにその通りなのでしょう。征服欲、独占欲の強い彼にとって、強大なチカラをもつ王妃は、自らの存在を脅かしかねない。だからそうなる前に芽を摘んでおくと…
しかし、しかしですよ。
もう王城は完成し、自らが国王となる新国家の建設も決まっている。確かにリナーシェの存在を脅威に感じる面があるにせよ、多少のことに目をつぶっておけば、ヴィゴレーは国家を統一した初代国王として、この先ずっと語り継がれていく、歴史に残る存在にもなれたのです。
それを目前にして、自らが招いたあまりにも愚かな行為によって、結果的に全て棒に振ってしまうことになるのです。
ここで彼はおかしなことを口走ります。
よりによって、リナーシェ殺害の罪をカルーモになすりつけようとします。
そして、その企みが成功すると考えた根拠を語ります。
カルーモ自身は、確かにリナーシェを敬愛のまなざしで見ています。憧れの女性とも見ているでしょうが、それは決して「恋慕」ではないように、わたしには見えます。ムービーで話を聞いていても、彼は非常に素直で誠実な性格ですし、間違っても兄の結婚相手に横恋慕するような感情は持っていなかったでしょう。
先程、リナーシェに「耳打ち」するカルーモを見て、ヴィゴレーが「顔をしかめている」という、リナーシェの日記における記述がありました。あれは、リナーシェが記した文面をそのまま受け取ると、「何ヶ月も希少な石を探した」という事実を、リナーシェに教えていることに対して、「余計なことを言うな」という意味での「顔をしかめている」だと受け取れますよね。
実際は「リナーシェに耳打ちする」という、その姿に対しての「顔をしかめている」だったのではないかと、わたしにはそう思えてならないのです。つまり「自分の婚約者にのぼせ上がっている弟が、自分の婚約者といちゃいちゃしている」ように受け取ったのではないでしょうか。
そのあたりを総合的に考えると、ヴィゴレーは非常に猜疑心が強く、弟に対するこの心情は、おそらく「嫉妬」です。それも一方的な思い込みで勝手に嫉妬し、「自分を裏切った弟と恋仲だ」という思い込みから、自分を裏切った(と思い込んでいる)リナーシェに対する憎しみも同時に増幅させているフシがあります。その結果、ついにリナーシェを手にかけ、その罪をリナーシェと恋仲だと誤解している弟になすりつけるのです。
リナーシェにとどめを刺す寸前には、こんな残酷なことすら告白しているのですから。
劇団四季が上演しているディズニーミュージカル「ライオンキング」(原作であるアニメ映画も大筋は同じ)では、終盤にスカーがシンバにこう言います。
「ムファサを殺したのは、この俺だ!」
直後にシンバを崖から突き落とすつもりだったので、こんな余計なことを言ったものの、すぐさまシンバに逆転され、反対に突き落とされる(というよりも、バランスを崩して勝手に落ちていく)間抜けなスカーなのですがw
それと似たようなことをヴィゴレーは、わざわざこれから殺す相手に向かって言っています。残念ながらリナーシェが一命をとりとめて、ヴィゴレーに反撃するような機会はなかったのですが、たとえ強大なチカラを恐れて殺害するとしても、リナーシェに余程の憎しみがなければ、あえて死に行く相手にこんなことは言わないでしょう。
おまけに、リナーシェが最も守りたかった存在であるアリアを妻にするなどと言い放ちます。
これでもかとばかりに、リナーシェが死んでも死にきれない程の精神的苦痛を与え続けるのですから、ヴィゴレーのリナーシェに対する憎しみは常軌を逸しています。
もっとも、これが原因で、600年後にリナーシェが悪神化するなど、このときは誰も知りようがないのですが…
このセリフは少し前、自分が父王を殺したと明かす前のものですが、リナーシェは当然ヴィゴレー個人を「父の仇」だと知っている由もありません。ジュレド王国の兵士が父を殺したと認識はしていても、殺したのがヴィゴレー本人と知っているはずがないので、この時点でのヴィゴレーのセリフも、冷静に考えれば支離滅裂です。
この悪事は非常にあっさり露見し、カルーモの嫌疑は晴れ、ヴィゴレーは現在のジュレイダ連塔遺跡に幽閉されることになります。
まず、ヴィゴレーは、弟カルーモがリナーシェに「のぼせ上がっていたのは周知の事実」と言い切っていますが、国民からそれを「周知の事実」だと思われていなかったのは明らかで、むしろカルーモが不倫や殺人をするはずがない、ということの方が「周知の事実」だったのではないでしょうか。だからこそ調査に協力する人も多く、真相解明もスムーズに進んだものと思われます。
その調査に協力した中のひとりが、ヴィゴレーやカルーモの父にあたる、ジュレド王国の前国王です。父親なんですから、カルーモが殺人などするはずもなく、自らを押しのけて国王となったヴィゴレーこそが怪しいということには、真っ先に気が付いたことでしょう。
違和感があるのは、この犯罪計画のあまりの稚拙さです。たとえば、カルーモが冤罪で処刑されてしまい、600年経ってから主人公が様々なクエストを経て、彼の無実と事の真相を突き止め、彼の名誉を回復する、みたいに劇的な展開では全くありません。具体的な期間は語られていませんが、おそらく数日程度で、カルーモは釈放され、ヴィゴレーは投獄されているのです。
このことから、この殺人事件は、事前に綿密な計画が練られたものとは到底思えません。むしろ偶発的な衝動殺人に近いものがあったのではないでしょうか。リナーシェがひとりでいる姿を見つけて、その場で突発的に犯行を思いついた、とまでは言わないものの、具体的にリナーシェを殺そうと考えたのは、せいぜい2~3日前ではないでしょうか。
自らのアリバイ工作もしていなさそうだし、カルーモに罪を押し付けるなら、たとえばカルーモを現場近くで気を失わせて剣を持たせておくとか、何かしらの工作をしますよね。そういう形跡が全くなく、リナーシェの血痕と、自分の指紋がべったりついていそうな剣を、そのまま手入れしているような様子すらあります(あくまでアリアの回想シーンですが)。ミステリーの観点で見れば、犯罪として杜撰にも程がありますw
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